株式会社 京都ホテル・代表取締役社長
平岩孝一郎さん

　小学生の頃、薪をくべ風呂を焚くのは自分の仕事だった。薪がパチパチと爆ぜる音、籠っていた水分がジュージューいって水蒸気に変わり飛び出す様、そして目には見えない煙が香ばしいにおいと熱気とともに流れくる勢い。炎のつくる赤と黒のまだら模様が刻々と薪の地肌を侵していく。火口からのぞく光景は見飽きなかった。

　当時はりんご箱、みかん箱、すべて木で出来ていた。机や椅子、板塀、桶、盥はもちろん木製、そもそも家そのものが木の塊であった。燃料となる廃材はいたるところにあった。燃料にするにはまず解体しなければならない。釘抜きや鋸の使い方は見様見真似で覚えた。長柄の斧は小学校低学年の身には重すぎてよく使えなかった。やむなく鉈で小割りにしていった。それでも手にはまめが出来た。

　戦後の経済成長期、次々と立つ電柱の傍らに木製の巨大な糸巻にぐるぐると巻かれた電線が沢山積み上げられていたのをよく見かけた。父が電線会社に縁があった故か、古く痛んだその巨大糸巻が数十個、家の庭に搬入されたことがあった。もちろん燃料とするためで、その解体は近所の“仕事師”が請け負った。庭が一面、木片で埋め尽くされ、霜解けの泥がこびりついた靴でその上を歩くのが憚られた。あちこちに出来た木製ピラミッドもいつの間にか燃やし尽くされた。

　多くの人が木を燃やして暖をとる、湯を沸かすという生活から離れて久しい。焚き火すら街中では目にしない。木を切断し、加工するという太古の昔から日常茶飯に行われていた作業を殆どの人が忘れてから随分時が経った。つれて、大工道具を当たり前のように使える人の数も減った。若い人で金槌や鋸を使える人は少数派と聞く。今の子供たちはどのように薪に火をつけるのか、本当に知っているのだろうか。火といえば「やけど」や火事といったマイナス面のみが取り上げられ、危ない、怖いものとして語られるのは淋しい。

　最近、自然を守るため森林伐採が奨励されるとともに、薪はクリーンエネルギーという言葉も聞かれるようになった。石油や石炭などの化石燃料は燃やすと二酸化炭素が増えるので地球環境にマイナスという。それでは薪は燃やしても二酸化炭素は排出しないのか。そんなことはない。薪も石炭･石油も元々は木であるから、違いがあるはずがない。答えは、薪が燃えて出る二酸化炭素は薪になった木の育ったせいぜい数十年前の大気に含まれていたもの、これに対し化石燃料の出す二酸化炭素は太古の大気がはらんでいたもの。であるから、薪を燃やすことで二酸化炭素が増えても数十年前に戻るに過ぎず、大したことはない。太古の二酸化炭素はまるで新参の悪玉のように非難の対象になるとのことだ。

　そんなこんなで久しぶりに木が注目されている。薪ストーブも静かなブームにあるそうだが、あれこれ難しいことを考えず、晴れた日は薪割りに精を出し、夕べは薪ストーブの炎がゆらめき、燃える姿を陶然と眺めつつ、読書に静かに時を過ごす、そんな日々を送りたいと思っている。

　（ひらいわ・こういちろう＝本会理事、２０１４年４月）