京都国際現代芸術祭について思うこと
私は音楽をこよなく愛し、美しいもの、絵画や骨董を愛でることが好きです。
10代でビートルズに衝撃を受け、30代後半まで音楽といえばロックだけ。クラシックには全く興味がありませんでした。しかし、ある日タルコフスキーの映画「サクリファイス」の冒頭でバッハの「マタイ受難曲」が流れてきたときに、心の中から深い感動と悲しさに襲われ、あらためて聴きなおした時には涙が溢れました。それが古いものを改めて見直す契機となり、今では歌舞伎や能、狂言もたしなむようになりました。
そして、絵画を鑑賞して深く感動をしたのは、ロンドンのナショナルギャラリーでゴッホの「糸杉のある麦畑」を見た時です。しばらくその絵に魅了され、動くことができなくなりました。ゴッホ最晩年に描かれたこの作品の印象は、彼が狂気に向かう瞬間を表現しているような気がして、見えないものを必死で描こうと苦しんでいるようにも思えます。ゴッホの作品は短い生涯のなかで生前に売れたのはたった一枚だけだったといいます。それでも絵を描き続ける事で後世の私達に素晴らしい作品を残してくれました。美術作品を見に行くきっかけとなったのはゴッホでした。そしてそれ以来、時間が出来ると美術館へ行くようになりました。
ロンドン、パリ、ローマ、ニューヨークには人類の文化遺産と言われる絵画・彫刻などの美術品が古典から現代美術まで、美術館やギャラリーなど至る所で鑑賞することが出来ます。また、音楽もクラシックからポピュラー音楽までありとあらゆるジャンルが揃い、訪れた先々で鑑賞できます。日本では唯一東京がそのようなことが可能な都市でしょうか。音楽はオペラからライブハウスのジャズまで、上野の美術館では世界の絵画が常設展として展示され、いつ行っても楽しむことが出来ます。映画、芝居に至っては多くの選択肢があります。一方でわが街京都において、そのようなことがはたしてできるのかと考えたとき、京都の現代芸術が置かれている状況の貧困さに失望をします。音楽の公演は少なく、美術館も限られた作品しか公開されていません。しかし、京都には文化遺産と言われる絵画がたくさん遺されています。それも普段は目にすることはなく、何か特別な機会でないと観ることが叶いません。今の京都に神社仏閣以外に見るべきものがあるのかどうか、感動する公演が行われているのかと考えた時、否としか言いようがないのが現状であります。
京都の産業の一つに観光が欠かせないのであるならば、過去の文化遺産はもちろんの事、それを取り巻く環境を整備することが必要です。そして、過去の文化遺産を浪費するだけではなく、新たに文化を創り後世へ残すために、文化都市京都として現代美術という切り口は欠かせないものと考えます。2014年4月4日、ロンドンのテートモダン館長のクリス・デルコン氏は講演で「パラソフィア京都が京都における伝統の未来形となり、未来における伝統に成り得る。パラソフィア京都には、あらゆる分野の側面を吸い上げる力がある。」と述べられました。そして、「現代芸術は対話の源泉となり、語る事で人の生活は豊かになる。現代芸術は、世代の異なった人との交流を生み出し、この社会システムの垣根を超える。関われば関わるほどその裾野は広く、経済・生活を豊かにしてくれる」と結論づけられました。テートモダンは当初年間100万人の来館を見込んでスタートしましたが、現在年間500万人以上が訪れる美術館になりました。それはイギリス人が現代美術に特に関心があったからではなく、現代芸術こそが世代間の隔てなく鑑賞できる芸術であり、時代の感性をシャープに反映していることの証明でもあると考えます。
「伝統は革新の連続である」と言われるように、常に時代を先取りする精神性こそが次世代へ継続する何かを遺すことにつながると考えます。『京都へ行けば何か新しく面白いものに出会える』『充分に古い文化も見ることができる』この両方の要素が揃えば、日本からだけでなく世界中から京都を目的地として人々が集まるのではないでしょうか。京都へ来られた観光客が昼は神社仏閣へ、夜は食事やコンサート、演劇やショーなどを楽しみ、日帰りではなく宿泊をして滞在する都市へ変わっていけば、本当の観光振興に成り得ると考えます。そのような好循環こそが京都をパリ、ロンドン、ニューヨークに負けないコンテンツのある都市へと変えていくのです。京都国際現代芸術祭が京都の今の文化状況を変えていく契機となり、訪れた人々が広く楽しめる芸術都市になることを心から望みます。
エッセイ一覧
・第85回 | トライアスロンの魅力 | 株式会社鼓月 代表取締役社長 中西英貴さん |
・第84回 | 租税教室 | 京都むらさきの総合税理士法人 代表社員・所長税理士 北條達人さん |
・第83回 | スキーを通して学んだこと | 株式会社塚腰運送 代表取締役副社長 塚腰髙秀さん |
・第82回 | 50代をむかえて、“人生100年時代”にチャレンジ!! | 土山印刷株式会社 代表取締役社長 土山雅之さん |
・第81回 | 本当に好きになれることとの出会い | 株式会社日本経営計画研究所 代表取締役 樋口秀明さん |
・第80回 | 北欧からの学び | 株式会社ビジネスプラスサポート 代表取締役 藤井美保代さん |
・第79回 | お礼と報告 | 株式会社ヒトミ 代表取締役社長 人見康裕さん |
・第78回 | 講談師 玉田玉秀斎が挑戦する「ジャズ講談」 | 株式会社ジュピター 代表取締役社長 中山 誠さん |
・第77回 | 55才にして学ぶ | 株式会社 清和荘 代表取締役 竹中徹男さん |
・第76回 | 京都経済同友会に入会して一番嬉しかった事、一番悲しかった事。 | 丸菱建設株式会社 代表取締役 菱田宏章さん |
・第75回 | 人間力の復権 | 株式会社 増田医科器械 代表取締役社長 戸島 耕二さん |
・第74回 | 西郷どんと「本の日」 | 株式会社大垣書店 代表取締役 大垣守弘さん |
・第73回 | 桜によせて | 美濃清商工株式会社 代表取締役社長 若山貴義さん |
・第72回 | 「進化論」 | 平安建材株式会社 代表取締役社長 中村憲夫さん |
・第71回 | 距離感 | 株式会社狩野コーポレーション 代表取締役社長 狩野一成さん |
・第70回 | 商店街の活性に思うこと | 株式会社フラットエージェンシー 取締役会長 吉田光一さん |
・第69回 | 祇園町にある有楽稲荷大明神 | 株式会社ローバー都市建築事務所 代表取締役社長 野村正樹さん |
・第68回 | 五里五里の里 | 株式会社長尾組 常務取締役 長尾篤人さん |
・第67回 | 芝刈りロボット | 株式会社KOYO熱錬 代表取締役社長 杉本卓也さん |
・第66回 | 作業・戦術・戦略・構想 | 株式会社 テイスト 代表取締役社長 武田知也さん |
・第65回 | 京番茶について | 株式会社 一保堂茶舗 専務取締役 渡辺正一さん |
・第64回 | 瞑想と運動 | 高見株式会社 常務取締役 髙見重行さん |
・第63回 | 履歴書が語る時代の変遷 | 光自動車工業株式会社 代表取締役社長 中井一雄さん |
・第62回 | 認知症も早期発見、早期治療! | 医療法人 知音会 理事長 田邉 卓爾さん |
・第61回 | シューカツとその先に | 株式会社ブリッジコーポレーション 代表取締役 川口 聡太さん |
・第60回 | 『訊く』と、言う事。 | キリンビール株式会社 京滋支社 支社長 横山良範さん |
・第59回 | 「リアル店舗」と「ネット通販」の境界がなくなるとき | 株式会社ジェイアール西日本伊勢丹 代表取締役社長 瀬良知也さん |
・第58回 | ITの進展と新たなビジネスの可能性 | 株式会社京都銀行 代表取締役専務 小林正幸さん |
・第57回 | 最近、私が不思議に思う2つのこと | 株式会社三星電機製作所 代表取締役社長 三大寺栄次郎さん |
・第56回 | 京の水 | 株式会社岩崎商店 代表取締役社長 岩崎一也さん |
・第55回 | ホテルリニューアルオープン | 株式会社ロイヤルホテル リーガロイヤルホテル京都 常務取締役総支配人 中村雅昭さん |
・第54回 | シンギュラリティ後の世界 | カゴヤ・ジャパン株式会社 代表取締役 北川貞大さん |
・第53回 | 猫 | 京都リサーチパーク株式会社 代表取締役社長 松尾一哉さん |
・第52回 | 私の老後 | 明清建設工業株式会社 代表取締役副社長 本間満さん |
・第51回 | 八ッ橋はやわらかい? | 株式会社井筒八ッ橋本舗 代表取締役会長 津田純一さん |
・第50回 | 男の夢・経営者の夢 | 株式会社片岡製作所 代表取締役社長 片岡宏二さん |
・第49回 | 考える人 | 宝酒造株式会社 代表取締役副会長 大宮正さん |
・第48回 | 袖触れあう縁は京に咲く | 株式会社キャリアパワー 代表取締役 木村光博さん |
・第47回 | 感動の100kmウォーク | ダイイチ株式会社 代表取締役社長 熊谷貴夫さん |
・第46回 | オレゴン | 西村証券株式会社 取締役社長 西村永良さん |
・第45回 | 海と癒し | 株式会社 エスケーエレクトロニクス 代表取締役社長 石田昌德さん |
・第44回 | まるで、青政研 | 株式会社 藤井組 代表取締役 藤井和樹さん |
・第43回 | 奈良と私 | 株式会社 山政小山園 代表取締役社長 小山政吾さん |
・第42回 | もうすぐ還暦? | 古橋産業株式会社 代表取締役社長 古橋秀敏さん |
・第41回 | サッカーと私 | 月桂冠株式会社 代表取締役社長 大倉治彦さん |
・第40回 | 森のなかで | 村田機械株式会社 代表取締役社長 村田大介さん |
・第39回 | 未来につながる過去への敬意 | 日本写真印刷株式会社 代表取締役社長 鈴木順也さん |
・第38回 | 空の向こうには何があるのか?(こどものころの疑問) | 京都監査法人 マネージング・パートナー 松永幸廣さん |
・第37回 | 雑感 | 株式会社 長谷本社・代表取締役会長 長谷幹雄さん |
・第36回 | ボヘミアン指数 | 京都信用金庫 理事長 増田寿幸さん |
・第35回 | 我以外、皆、我が師 | 布施税理士事務所 税理士 布施大策さん |
・第34回 | 「たまご」は国産食品の優等生か | 株式会社 ナベル 代表取締役 南部邦男さん |
・第33回 | ふるさとは遠くにありて | 京都中央信用金庫 副理事長 平林幸子さん |
・第32回 | 異なりを認め合い、相互に敬愛する | 学校法人 大和学園 理事長 田中誠二さん |
・第31回 | 日本の素晴らしさを再認識する | 京都青果合同株式会社 代表取締役社長 内田 隆さん |
・第30回 | 京都市電~回想と夢想~ | 株式会社 大黒商会 代表取締役社長 井上雅文さん |
・第29回 | 手前味噌ですが… | 株式会社 淡交社 代表取締役社長 納屋嘉人さん |
・第28回 | KYOCAでの妄想 | 株式会社 ウエダ本社 代表取締役社長 岡村充泰さん |
・第27回 | 伝統祭りと新しい祭り | 株式会社 太鼓センター 代表取締役社長 東 宗謙さん |
・第26回 | 京都国際現代芸術祭について思うこと | 株式会社 響映 代表取締役社長 里中 勝司さん |
・第25回 | 炎はゆらめいて | 株式会社 京都ホテル・代表取締役社長 平岩孝一郎さん |
・第24回 | 「良習は第二の天性である」 | 京都駅ビル開発株式会社 代表取締役社長 東 憲昭さん |
・第23回 | 「京都電信電話発祥の地」の碑に想う | 西日本電信電話株式会社京都支店・支店長 佐々木貴朗さん |
・第22回 | “観光立国日本”そのキラーコンテンツとしての京都の魅力 | 株式会社 JTB西日本 京都支店・執行役員支店長 杉本健次さん |
・第21回 | 寅さんの京都 | 日本銀行京都支店・支店長 鎌田沢一郎さん |
・第20回 | ホノルルマラソンに初参加 | 株式会社 ロマンライフ・代表取締役社長 河内 誠さん |
・第19回 | 世界遺産・富士山 | キョーラク株式会社 代表取締役社長 長瀬孝充さん |
・第18回 | 美味しんぼ | 株式会社 トーセ 代表取締役社長 齋藤 茂さん |
・第17回 | 環境整備活動 | 株式会社傳來工房 代表取締役社長 橋本和良さん |
・第16回 | 和の行事、和の文化を検定する。 | 株式会社くろちく 代表取締役社長 黒竹 節人さん |
・第15回 | 台湾で最も有名な日本人、八田與一技師 | サムコ株式会社 代表取締役社長 辻 理さん |
・第14回 | Think Global, Act Local ! ― グローカル人材育成に寄せる想い | 京都信用金庫 専務理事 榊田 隆之さん |
・第13回 | 街並み保存に立ちはだかる「所有権・管理権」 | 前野公認会計士事務所・所長 前野 芳子さん |
・第12回 | 徳島経済同友会とのご縁をいただいて | 株式会社松栄堂 代表取締役 畑 正高さん |
・第11回 | 「伝統産業」×「C世代」 | 株式会社細尾・代表取締役社長 細尾真生さん |
・第10回 | 「花の甲子園」が目指すもの | 財団法人池坊華道会 副理事長 池坊 由紀さん |
・第9回 | 自分が知っていること以外は知らない | 株式会社ユーシン精機 代表取締役社長 小谷眞由美さん |
・第8回 | ゴルフの奥深さ | ニチコン株式会社 代表取締役会長 武田 一平さん |
・第7回 | 日本の夜明けは京都から | 村田機械株式会社 代表取締役会長 村田純一さん |
・第6回 | 今こそ日本を鍛えよう | 株式会社 堀場製作所 代表取締役社長 堀場 厚さん |
・第5回 | 一期一会 ~ Face to Face | 日東薬品工業株式会社 代表取締役社長 北尾 哲郎さん |
・第4回 | 京都ならではのビアガーデン | ワタベウェディング株式会社 相談役 渡部 隆夫さん |
・第3回 | 京都学生祭典の継続と発展を願って | 吉忠株式会社 代表取締役社長 吉田 忠嗣さん |
・第2回 | カンボジア シェムリアップの子ども達 | 京都青果合同株式会社 取締役名誉会長 内田 昌一さん |
・第1回 | 「後期高齢者」の仲間入りをして | 株式会社イシダ 取締役会長 石田 隆一さん |