村田機械株式会社 　代表取締役社長
村田大介さん

　京都は古い町並みや神社仏閣ばかりでなく、豊かな自然にも恵まれています。街のこんな近くに奥深い森をもつ100万都市は珍しいのではないでしょうか。
　私は十代の頃、よく北山を歩きました。勤めはじめてからはすっかり遠ざかっていましたが、最近になってまた少しだけ山に入るようになりました。
　そんなときいつも感じることがあります。それは、自然は常にうつろうということです。

　「悠久の自然」という表現があります。しかし実際のところ自然とはせわしないものです。環境は刻々と変化し、命は生きることに忙しい。たとえば蟻の目で、１メートル四方の林床で1日に繰り広げられているドラマに思いをはせてみましょう。それは、私たちの体内で24時間に起こっている出来事と本質的に同じでもあります。静かな森や安定した身体の中も、実は小さな生命の生存競争がもたらす絶え間ない変化に満ちているのです。

　世の中にはまた、「自然」が調和を通じてひとつの安定した状態に落ちつくというイメージが広く定着しているようです。「自然」のハーモニーを「人間」が乱して均衡が崩れる、といったふうに。しかし、自然の中に身をおいて正直に感じるのは揺らぎばかりです。そもそも均衡という概念は、試験管の中や経済学の教科書のように人がつくった静的な環境で成り立つものでしょう。本物の自然には、均衡を崩す要因が無数に存在します。天文学や地質学、古生物学なども、鷹の目からその事実を教えてくれます。

　それでは、「悠久の自然」「自然の調和」という概念はどこから来たのでしょうか？
　ひとつには、物質的な生活水準が向上して、特に都市部では生の自然に触れる機会が減ったことが原因かもしれません。また、不安定に変化し続ける自然に対処する手段として人間の社会が生まれたわけですが、その社会の方が調和や持続可能性を失ってきたせいかもしれません。成長の鈍化と少子高齢化が同時進行する先進国においては特に、社会に対する不安や失望が、架空の「自然」に救いを見出そうとする気持ちにつながっているのではないでしょうか。本当は、人間社会が諸行無常さを増そうが減じようが、それを取り巻く自然の本質である諸行無常に何ら変化はないのですが．．．。
　
　所詮その一部でしかない人間にとって、自然は征服や保護の対象になり得ません。そう見なすことは大変な思い上がりでしょう。夏暑く冬寒いこの土地で、自然と折りあう工夫を重ねつつ、人間社会の営みに専ら心を砕いてきた先人の生き方の中に、自然とのほどよい間合いが示されているように感じます。

　身の程をわきまえない、浮世離れしたお話になってしまいました。拙文の「自然」を「市場」に、「人間」を「経営者」に置き換えてお読みいただくことで、どうかご容赦ください。

（むらた・だいすけ＝本会常任幹事、2015年7月）